ひょっとして前にも書いたかもしれない。
白毛餅や白毛もち米は、「縄文古代米」と銘打っている。
今日の日記は、この理由についてです。
宗派によっても違うかもしれませんが、
仏壇のお供えには「ご飯」がありますよね。
神棚のお供えには、お正月の鏡餅のように「餅」を供えます。
なぜでしょう。
これは、「餅」と「飯」が日本に伝わってきた歴史に関係があるのではないかと思います。
縄文時代、日本には東南アジア・沖縄経由で、「もち米」などの「古代米」が伝わってきました。このもち米は水田で作るのではなく、土の上でつくる陸稲です。沖縄には水田がありません。縄文時代に伝わった米作はとても原始的なものです。
もち米のルーツは、どうも南アジアのようなのです。ネパールの方では、もち米を常食にする部族があるそうです。
このときから日本では、自然崇拝の神道の原型のような宗教がありました。自然のあらゆるものに神がやどる、「八百万(やおよろず)の神々」の考え方です。
一方、ご飯、つまりうるち米は、弥生時代に中国・朝鮮半島経由で日本に伝来します。
うるち米の文化は、水田と共に日本に伝わりました。弥生時代に北方から伝わった米作は、新しい洗練されたものです。米の品種としても、作り方としても。このとき、いっしょに仏教も伝来してきた。
そのため、神様には「餅」を供え、仏前には「飯」を供えるのではないのかと思います。
別に、白毛餅にかぎらず、もち米のルーツは全部、南方の縄文時代からのものだと思います。
しかし、こがね餅やもりもり餅などの、一般的な餅米の品種は、近代になってから、品種配合で作られたものです。それらの「モチ米」は、作りやすさ、収穫量を増やすため、実は洗練された品種である「うるち米」と掛け合わされているのです。いわば「あいの子」です。
縄文時代に伝わった、南方由来の古代米の特徴は、
「稲穂に長い毛がはえる(そのため、収穫作業がやりにくい)」
「稲の丈が長い(そのため倒れやすい)」
「病害虫に弱い」
「収穫量が少ない」
「赤米、紫米など米が有色(もち米も白色。一方うるち米は透明で色がない)」
など。いわば野生のコメの性質です。
もち米も、このような性質をもっていたので、農家が作りにくいものだった。
とくに、近代農業では、稲の丈が長いというのは致命的です。短い丈の近代品種にあわせて設計されたコンバインでは収穫しにくいからです。
そのため、昔ながらの「もち米」は、急激に作られなくなり、近代品種の「モチ米」に置き換わってきました。
しかし、収穫量や作りやすさのために、うるち米と掛け合わされたモチ米は、やはり「もちらしさ」の点で、(何千年の歴史のある)「本物のもち米」にかないません。
信州、伊那谷の限られた農家が、先祖代々作り、伝えてきた「白毛もち米」は、作りにくいが、美味しいために、ほんの少量でも、自家用のもちだけは「白毛餅」が良いという、農家の「味」へのこだわりのため、現代に継承されてきました。
まさに白毛餅は「おいしさの一点で現代に生き残った古代米」なのです。